戦争に向かう、その予兆

室長ブログ

 新政権の発足以来、日本の右傾化に拍車がかかった。急速な変化だ。

 

歴史をふりかえってみると、日本では、1929年の突如の世界恐慌で、社会不安が増大し、1931年には、軍部が政治に介入し、満州事変を引き起こした。その後軍部が満州国を建国し、国際連盟を脱退し、1937年日中戦争に突入した。わずか数年間の出来事だ。

 第1次世界大戦後の1919年、ドイツで制定されワイマール憲法は、当時世界で最も民主的であるといわれた憲法である。1929年世界恐慌が起こると、ドイツ国内にも失業と社会不安が拡大し、1933年にはナチスが政権を樹立した。その後、第2次世界大戦に突入し、ユダヤ人虐殺の蛮行に至ったのは周知の事実である。

 

 当時、世界1といわれたワイマール憲法を保持した国が、世界恐慌後、ナチスの独裁政権を発足させるまで、わずか4年だ

 日本やドイツ国民は、戦争に向かう、その予兆に気付かなかったのか?

 

予兆はあった。

 

 前兆の1つは、日本においては、経済不況の不安の中、「国体」「忠君愛国」が強調されたことだ。日本国への忠誠心や愛国心の高揚だ。

 現在でいえば「日本ファースト」や排外主義のナショナリズムの風潮だ。

 前兆の2つ目は、情報統制である。検閲などの言論統制が行われた。

 現在でいえば、SNSでの偽情報や、誹謗中傷の統制なき氾濫だ。

 

 隣国、韓国では、2024年12月3日、戒厳令が発令された。少数与党であったために、4日後に国会が、戒厳令を解除した。

 しかし、与党が過半数を取っていたら、戒厳令という非常事態宣言が為されると、一夜にして、国民生活は一転することの恐怖を覚えた。

 

 政権を担う指導者は、どんなに険しい道のりであっても、日本の国と国民の命と人権を、世界の指導者との信頼と対話で守り抜く、ゆるぎない決意と覚悟を持って、政権運営に当たらなければならない。

 軍事力を背景にしなければ、交渉も、防衛もできないと考えるならば、即刻辞任すべきだ。

 拉致問題は、例え日本が無限大に武器を積み上げても解決できるとは考えないだろう。偏に、隣国指導者との対話でしかない。世界平和の実現も全く同じだ

 

 

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